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高齢者が他者に危害を加えた場合の責任

2021年4月20日

一般的に、高齢者トラブルとして考えられるのは、悪徳業者が、高齢者の判断能力の低下に乗じて、不当な取引を行う場合など、高齢者が被害者になる場合が想定されます。
一方、判断能力の低下した高齢者が自動車の運転を誤り交通事故を起こした場合や、認知症が進んだ結果、万引き(窃盗)を行う場合など、高齢者が加害者になる場合があります。
では、高齢者が加害者となった場合、民事上または刑事上、高齢者はどのような責任を負うのでしょうか。
以下では、高齢者が加害者となった場合の、高齢者自身の民事上及び刑事上の責任についてご説明します。

高齢者自身の民事上の責任

まず、田中一郎さん(70歳)(仮名)が、飲食店で食事中、隣に座っていた客の鈴木次郎さんと口論になり、一郎さんが、手の拳で次郎さんの頬を殴り、次郎さんに怪我を負わせ、次郎さんは1週間、病院に通院することになった例(例1)を考えます。

一郎さんは、次郎さんに対し、民事上どのような責任を負うのでしょうか。

民法709条は、不法行為責任について以下のとおり規定しています。
民法709条「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

例1では、一郎さんが、故意に、次郎さんの頬を殴り、次郎さんに怪我を負わせています。そして、次郎さんは、治療のため1週間の病院への通院を余儀なくされ、次郎さんには治療費等の損害が発生しています。
そのため、一郎さんは、次郎さんに対し、不法行為が成立し、治療費等の損害の賠償義務を負うことになります。
このように、一郎さんのような高齢者に限って不法行為による損害賠償責任を負うのではなく、一郎さんが20歳でも、50歳でも他人に危害を加えれば不法行為が成立することになるため、高齢者特有の問題ではありません。

次に、例1と同じ場面で、伊藤三郎さん(80歳)(仮名)は、認知症が進んでおり、判断能力が大きく低下している場合で、三郎さんが、佐藤四郎さんに対し、怪我を負わせた例(例2)を考えます。
この場合でも、三郎さんは、四郎さんに対し、不法行為が成立し損害賠償義務を負うのでしょうか。

不法行為責任が成立するには、責任能力が必要となります。そして、民法713条本文は、責任能力がない場合、以下のとおり規定しています。
民法713条本文「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。」

例2では、三郎さんは、認知症により判断能力が大きく低下していることから、四郎さんに対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負わない場合があります。

もっとも、民法713条は認知症だから当然に損害賠償義務を負わないわけではないことに注意をする必要があります。

高齢者の刑事上の責任

では、高齢者が、他者に危害を加えたとき、高齢者には、犯罪が成立するのでしょうか。
上で挙げた、例1と例2をもとにご説明します。

例1の場合、一郎さんには傷害罪(刑法204条)が成立します。

一郎さんのような高齢者であったとしても、他の成人と同様に他者に危害を加えた場合、犯罪が成立します。

では、例2の場合、三郎さんには、一郎さんと同様に、傷害罪が成立するのでしょうか。
刑事上、犯罪が成立するには責任能力が必要となり、刑法39条では、以下のとおり規定してます。

刑法39条第1項「心神喪失者の行為は、罰しない。」
刑法39条第2項「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」
すなわち、心神喪失の場合には、犯罪が成立せず、心神耗弱の場合には、犯罪は成立しますが刑は減軽されることになります。心神喪失と心神耗弱の定義は用語解説をご覧ください。

例2では、三郎さんは、認知症が進行し、判断能力が大きく低下していることから、責任能力に問題があり、傷害罪が成立しない、または、傷害罪が成立しても刑が減刑される場合があります。

もっとも、認知症だから他者に危害を加えても、犯罪が常に成立しないまたは刑が減刑されるわけではなく事案により異なります。

まとめ

高齢者が、他者に危害を加えた場合、民事上、高齢者であるかどうか関わらず不法行為が成立し損害賠償義務を負うことになります。もっとも、認知症等が進行し判断能力がない場合には、責任能力はないと評価され、損害賠償責任を負わない場合があります。

刑事上も、高齢者であるかどうか関わらず他者に危害を加えた場合には、犯罪が成立しますが、認知症等が進行した状態では、犯罪が成立しない場合があります。

用語解説

不法行為とは

他人の権利や利益を違法に侵害する行為をいいます。不法行為が成立すれば、これを行った者は、他人に対し損害賠償義務を負います。不法行為は、民法709条から民法724条まで規定されています。

心神喪失・心神耗弱とは

判例では、「心神喪失とは、精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力又はその弁識従って行動する能力のない状態をいい、心神耗弱とは、精神の障害がまだこのような能力を欠如する程度には達していないが、その能力が著しく減退した状態をいう」(大判昭和6年12月3日)と定義されています。すなわち、精神の障害があることを前提として善悪の判断能力と行動制御能力のいずれかの能力がない場合が心神喪失にあたり、精神の障害があることを前提に善悪の判断能力と行動制御能力のいずれかの能力が著しく低い場合が心神耗弱にあたります。

執筆:弁護士 服部弘(大阪弁護士会)

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