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高齢者が他者に危害を加えた場合の責任(その2)

2021年7月12日

前回コラムに引き続き、高齢者の認知症の症状が進み、第三者に迷惑をかけた場合の問題についてご説明いたします。
前回コラムでは、高齢者自身の責任について述べましたが、認知症の高齢者に責任能力が認められず、高齢者自身が責任を負わない場合、誰もその責任を負わないのでしょうか。今回は、高齢者の家族の責任について、述べたいと思います。前回コラムとあわせてご確認ください。

家族自身に過失等があった場合

まず、高齢者の家族自身に過失があった場合には、直接的に責任を負うことになります。例えば、前回のコラムの三郎さんの事例で言えば、家族が三郎さんにけしかけて、三郎さんが佐藤四郎に暴行をふるったような場合です。家族自身に過失がある場合には、高齢者の家族が直接被害者に対して責任を負います。

家族の監督義務

これに対して、家族自身には、直接の過失がないにもかかわらず、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情がある場合には、監督義務者として、家族が責任を負うとされています。そこで、この点について、さらに詳しく見ていきたいと思います。

まず、民法では、幼児や認知症が進んだ高齢者などの責任無能力者が第三者に損害を負わせたものの、本人は責任能力がなく、損害賠償責任を負わない場合、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者(親権者や後見人等)は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う場合があることを定めています。

そのうえで、親権者や後見人等の責任無能力者を監督する法定の義務を負う者ではないにもかかわらず、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けて、その者が責任無能力者の監督を現に行い、その態様が単なる事実上の監督を超えているなど、その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、法定の監督義務者に準ずべき者として、民法714条第1項が類推適用され、責任を負うと判示する最高裁判例が存在します。

最高裁判所の判断

この最高裁判例の事案は、鉄道会社が、認知症にり患した当時91歳の高齢の男性(平成12年頃に認知症のり患をうかがわせる症状を示し,平成14年にはアルツハイマー型認知症にり患していたと診断され,平成16年頃には見当識障害や記憶障害の症状を示し,平成19年2月には要介護状態区分のうち要介護4の認定を受けていました。)が駅構内の線路に立ち入り、列車に衝突して死亡した事故により,列車に遅れが生ずるなどして損害を被ったと主張して,男性の妻(85歳。左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受け、長男の妻の補助を受けて、男性の介護を行っていた。)と長男(妻が男性の近くに転居し、1カ月に3回程度週末に男性宅を訪問していた)に対し,損害賠償金の支払を求めた事案です。

裁判では、男性の妻及び長男に対して、監督義務者としての責任があるかどうかが争いになりました。

このような事案に対して、第1審では、男性の妻及び長男のいずれについても損害賠償責任が認められ、第2審(控訴審)では、男性の妻のみに責任が認められました。

もっとも、最高裁判所は,監督義務者として責任を負うかどうかは、①その者自身の生活状況や心身の状況など(監督者の状況)とともに,②認知症患者等との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,認知症患者等の財産管理への関与の状況などその者と認知症患者等との関わりの実情(認知症患者等と監督者との関係),③認知症患者等の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容(認知症患者等の状況),④これらに対応して行われている監護や介護の実態(監護や介護の実態)など諸般の事情を総合考慮して,その者が認知症患者等を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地から、責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきであると判断を示し、最終的には、男性の妻と長男の責任を認めませんでした。

まとめ

この最高裁裁判所の判断は、あくまでも、この事案については、上記にあげたような様々な事情から責任を否定したものです。一般論としては、家族が責任を負う場合があることを認めています。最終的には、最高裁判所で責任が否定されたものの、第1審と第2審では、家族に責任が認められており、裁判所の考え方によれば、判断に迷うような事案であったと言えます。このようなことからしても、今回の裁判の結果は、認知症患者等の家族にとっては、厳しい内容となりました。

ただし、今回の判決からは、具体的にどのような事情があれば、家族の責任が認められるのかについては、明らかではありません。前回のコラムの三郎さんの家族にどのような事情があれば、家族も責任を負うのかは定かではありません。最高裁の判断に従えば、同居しており、高齢者に暴力的な性向があると家族が認識し、過去にもトラブルを同じようなトラブルを起こしていた場合には、責任が認められる傾向が高いと思われます。認知症患者等と同居している場合には、積極的に介護サービスを利用し、医師や介護福祉士等の専門家の意見に耳を傾けて適切な介護をしていくことが必要であると思われます。

執筆:山口心平法律事務所 弁護士 山口心平

 

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