高齢者が他者に危害を加えた場合の責任(その3)
高齢者が加害者となった場合、高齢者自身や高齢者の家族が法律上の責任を負う可能性があることについては、高齢者が他者に危害を加えた場合の責任(その1、その2)で、説明がされています。
一方、高齢者が他者に危害を加えた場合、その行為が行われた場所によっては、高齢者本人や家族以外の第三者が被害者に対し責任を負う可能性があります。例えば、介護施設に入所している高齢者や医療機関に入院している高齢者が他者に危害を加えた場合です。
以下では、高齢者が他者に危害を加えた場合の介護施設や医療機関の責任について説明します。
介護施設・医療機関の法律上の責任
佐藤一郎さん(80歳)(仮名)は、認知症が進行しており、現在はとある介護施設に入所しています。佐藤一郎さんは、同じ介護施設に入所している鈴木次郎(85歳)の態度が気に食わず、鈴木次郎さんの肩を押して転倒させ怪我を負わせたという例を考えてみます。
一般的には佐藤一郎さんは、鈴木次郎さんに対し不法行為(民法709条)に基づき損害賠償義務を負うことになりますが、認知症が進行しているため、責任無能力として損害賠償義務を負わない可能性があります。
佐藤一郎さんが鈴木次郎さんに対し損害賠償義務を負わない場合に、鈴木次郎さんとしては、他に請求できる相手方はいないのでしょうか。
佐藤一郎さんの鈴木次郎さんに対する行為は介護施設で行われたものです。介護施設は、施設の利用者同士での損害についてまで責任を負うのでしょうか。
介護施設も、利用者同士のトラブルで利用者が怪我を負った場合、法的責任を負う場合があります。そして、介護施設が負う可能性のある法的責任としては、監督義務者に準ずべき者としての責任として損害賠償義務を負う場合、利用者に対する安全配慮義務違反として損害賠償義務を負う場合が考えられます。
まず、監督義務者に準ずべき者としての責任です。
民法714条第1項は監督義務者の責任について次のとおり規定してます。
「…責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負うものは、その責任無能力者が第三者に加えた損害を負う。…」
最高裁判例は一定の要件のもと、民法714条第1項を類推適用し、監督義務者に準ずべき者としての損害賠償義務を負う場合があるとし(詳細は、「高齢者が他者に危害を加えた場合の責任その2」をご覧ください。)、介護施設も監督義務者に準ずべき者として損害賠償義務を負う可能性があります。
安全配慮義務違反
医療機関や介護施設は利用者との契約に基づき、医療・介護サービスを提供する義務を負います。また、医療機関や介護施設は、サービスの提供義務だけでなく、契約上、サービスの提供にあたり、契約者の生命、身体の安全に配慮する義務を負い(以下「安全配慮義務」といいます。)、安全配慮義務を怠った場合、利用者に対し債務不履行に基づく損害賠償義務(民法415条)を負います。
そして、介護施設の利用者が他の利用者に怪我を負わせた場合、介護施設が損害賠償義務を負うとした裁判例があります。裁判例の概要は次のとおりです。
特別養護老人ホームでショートステイを利用した被害者が、他の利用者に車いすを押されて転倒し、後遺障害を負った事案で、特別養護老人ホームに対し安全配慮義務違反による損害賠償義務を認めました(大阪高判平成18年8月29日)。この裁判例では、従前、加害者が被害者に対しどのような危険な行為を行っていたか、これに対し介護職員がどのような対策をとったか、加害者の日頃の言動、被害者の体格等の事情から、介護施設のとるべき安全配慮義務とその違反を認定しています。
前述の例でも、佐藤一郎さん側の事情や介護施設の対応等によって、鈴木次郎さんに対し、介護施設に安全配慮義務違反がありとして損害賠償義務を負う可能性があります。
まとめ
高齢者が、他者に危害を加えた場合、まずは危害を加えた高齢者が法的責任を負いますが、ケースによれば責任無能力により法的責任を負わない場合、高齢者の家族が責任を負う場合、今回のように介護施設が責任を負う場合もあります。介護施設としては、利用者同士のトラブルを避けるための体制を整えることが重要です。
用語解説
安全配慮義務とは
判例では、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して法令上負う義務」と定義されています(最判昭和50年2月25日)。
また、労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」として、労働契約について安全配慮義務を明文で規定しています。
執筆者:山口心平法律事務所 弁護士 服部弘
大阪弁護士会所属。大阪府大阪市出身。2019年弁護士登録。 |