認知症と医療行為への同意の問題
治療のために手術が必要であるが、高齢の患者さんから、手術はしたくないと強硬に拒否された場合、本人の意思に従って手術をしなくてもよいのか、ということについて、今回は説明したいと思います。
本人の意思や考え方が優先すること
どのような治療を受けるのかということについては、人それぞれ大事にする思想や信条等と密接に関わる重要な事柄であることから、本人が判断するというのが法律の考え方になります。つまり、家族を含めた他人が本人を代理して判断することはできません。
高齢の患者さんが、認知症やせん妄等によって、判断能力が十分ではないと疑われる場合には、本人の判断に期待することができませんので、その場合には、本人が過去に書面で残している希望や、本人の人となりを知る家族から事情を聴き、「本人であればこの場面でどう考えるか、何を選択するか、何を希望するのか」ということを推測して、本人の同意を判断することになります。つまり、どのような治療を受けるのかということについては、本人の意思や考え方が優先することになります。
不合理な治療希望
これに対して、本人が医学的に合理性のない治療を希望している場合にも本人の意思や考え方が優先するのでしょうか。この場合には、医療従事者の方は、合理性のない治療を受け入れる義務はありません。したがって、医療従事者の方が、本人の希望する治療を提供する必要はなく、本人(家族の方)が、医療従事者の方に希望する治療を強要することはできません。
もっとも、医療従事者の方には、医学的に合理性のない治療であることを説明する義務があります。この際には、本人にとって、理解するに足りる情報を提供することが求められており、説明の上で本人に理解してもらうことまでは必要ないとされています。理解するに足りる情報の提供がなければ、説明義務違反があると認められ、医療従事者の方が損害賠償義務を負うこともあります。
この点、乳がんに対する治療法として乳房温存手術について説明すべきかどうかが問題になった事案で、最高裁判所は、「当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務がある」と説明しています。
このような最高裁判所の立場に従えば、医療従事者の方から必要かつ十分な説明がされていれば、本人が理解していなかったとしても、医療従事者の方に説明義務違反はなかったということになります。
もっとも、本人や家族の立場として、専門用語で説明されても理解ができないということがあります。特に認知症等によって判断能力が十分ではないと疑われる場合には、かみ砕いた内容での説明を求めることもできます。にもかかわらず、その場合に医療従事者の方が説明を拒んだ場合には、説明義務違反があると判断されるケースも出てくると考えます。
まとめ
どのような治療を受けるのかということは、高齢の患者さんであっても、本人の意思が優先して判断されます。本人の判断能力が十分ではない場合であっても、「本人ならばこの状況でどのような選択をするか」ということを軸として判断がされ、家族等が代理して判断することはできません。ただし、医療従事者の方も本人の希望であっても、医学的に不合理な治療までを受け入れる必要はありません。
執筆:山口心平法律事務所 弁護士 山口心平