経済的虐待と虐待通報
「身体的拘束が違法となるかどうかの判断基準」という記事があったので,高齢者虐待に関する記事を書かせてもらおうと思います。
上記の記事は,身体的虐待,かつ,養介護施設従事者による虐待を念頭に置いていますが,私の記事は経済的虐待,かつ,養護者による虐待を念頭に置いています。
今回の記事は長い上に法律上の用語が多数登場しますが,それなりに深刻な内容であり,お付き合いいただければ幸いです。
ここでいう,「経済的虐待」とは養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律2条4項2号)で,「養護者」とは,高齢者を現に養護する者であって養介護施設従事者等以外のもの(同法2条2項)をいい,典型的には同居の親族による預金や年金の搾取です。
ただ,身体的虐待(同法2条4項1号イ)や心理的虐待 (同ハ)における養護者は高齢者との間に一定の関係があることが前提となっており(暴力や暴言に至るには,その動機となる一定の関係があることが常です。),自ずと「養護者」も限られますが,経済的虐待のように「財産上の利益を得る」動機はカネに困っていることだけであり,そのため,養護者のバリエーションも悪い意味で豊富です。
別居の親族,本人の自宅へ出入りする業者,果ては成年後見人等まで,実際の事例でも養護者に共通する点はカネに困っていること以外にありません。
こういった養護者による経済的虐待に対して,市町村の高齢者虐待対応部署も強い関心を持っています。このところ,自治体や地域包括センターが「経済的虐待に焦点を当て」といったかなりテーマを絞った研修の講師を求めていることもその表れだと思います。
関心が高まる理由はいくつかあると思います。
一つは市町村長による成年後見等申立て(同法9条2項)事案の中に経済的虐待の事案がかなりあり(大阪家庭裁判所から大阪弁護士会に対して成年後見人等の推薦依頼がある事案の中でも経済的虐待の疑いがあるものは常に一定の割合があり,その内のかなりの数が市町村長申立てである。)それらの事案への対処が市町村としても必要であるためでしょう。
あるいは,同法の施行後,市町村も虐待対応の経験を重ねる中で,まずは目につきやすい身体的虐待への対応を,続いて深刻な事案である施設従事者による虐待への対応を重点的に行い,これらへの対応方法はノウハウが蓄積され対処ができるようになった結果,対処が困難な養護者による経済的虐待が水面に浮かんできたことなども,その理由かもしれません。
いずれにしても,こういった経済的虐待の事案において弁護士である私が関与するのは,成年後見人等の申立てを行うとき,あるいはそれらに選任されたときで,そういったときの弁護士としての対応(本人の財産保全(被害拡大の防止),被害回復など)については,それだけでも量があるので記事を改めたいと思います(余談ながら,この記事を見ている専門職の方はせいぜい執筆者たちくらいだと思いますが,専門職の方向けには,大阪弁護士協同組合『成年後見の実務』の改訂を予定しておりますので,そちらにおける該当箇所をご覧いただければ幸いです。)。
そういった弁護士としての対処方法ではなく,デイや訪問介護の施設従事者として,あるいは親族として養護者による経済的虐待を発見された場合における対処方法を記載しようと思います。
対処方法と言っても1つだけで,要は市町村又は地域包括支援センターへの通報(同法7条)です。単なる通報でも,それによって様々な対応を取ることができます。
まず,財産の保全を図ることができます。市町村や地域包括の職員が本人を伴って金融機関の支店を訪問し,本人預金を凍結することが最優先でしょう。もちろん,預金凍結は支店の判断ですが,これが第一に重要だと思います。また,不動産があるような事案では法務局を訪問し,「不正登記防止申出」を行うことも必要かもしれません。
「法務局」,「不正登記防止申出」というと仰々しいですが,すでに不動産を処分されるなどの実害が生じてしまった事案では,法務局も真摯に対応してくれることが多いと思います。
さらに,市町村が虐待認定を行えば,年金の搾取を困難にする方法もあります 。
また,虐待通報は,上記の財産保全に有益であることに加えて,虐待認定があれば「やむを得ない措置」(同法9条2項)により本人と養護者を分離して本人に施設へ入所してもらうこと,あるいは分離には至らなくても頻繁な見守りを行うための訪問サービスの量を増やすことなどが可能になります。
さいごに,上でも少し触れた市町村長による成年後見人等の申立てを行うこともできます。
経済的虐待は発見が遅れれば本人の流動資産をすべて食いつぶしてしまいますし,本人が亡くなるまで年金を搾取するようなケースもあります。流動資産や年金を失えば当然,必要なサービス(現時点での在宅サービスや将来の施設でのサービスなど)を受けることができなくなります。そういった事態を避けるために,ぜひとも速やかな通報を心がけて頂ければ幸いです。
作成:中尾法律事務所 弁護士 中尾 太郎
大阪弁護士会所属。同会高齢者・障害者総合支援センター 介護福祉部会長。 |