尊厳死宣言の意義とその方法
自分が回復の見込みのない末期状態になったときに,生命維持治療を望むかどうかは人それぞれです。例えば,口から食物を食べられなくなったときに,お腹に小さな穴を開け,胃にチューブで直接栄養を送る「胃ろう」の造設を望まない方もいらっしゃいます。しかし,回復の見込みのない末期状態になった時点では,自分の意思を表明することが困難なので,事前に意思を表明しておく必要があります。
今回は,事前の意思表明としての尊厳死宣言についてご説明します。
尊厳死とは
尊厳死とは,一般的に「回復の見込みのない末期状態の患者に対し,生命維持治療を差し控え,又は中止し,人間としての尊厳を保たせつつ,死を迎えさせること」をいうものとされています。死期を早めるものでない点で,安楽死とは異なります。尊厳死は,同意殺人罪などの犯罪に該当せず,民事上の賠償責任も生じないことになります。
尊厳死の制度は,1976年にアメリカのカリフォルニア州で初めて法制化されたリビング・ウィル(livimg will)の制度に由来します。
事前の意思表明方法
1 当事者が個人的に尊厳死宣言を作成して署名押印しておく方法
尊厳死の意思を表明する一つ目の方法として,自分で尊厳死宣言を作成して署名押印しておく方法があります。その場合は,尊厳死宣言書(事前指示書)を家族等の近親者が保管し,当事者の尊厳死に係る意思の継続を確認しつつ,必要が生じた場合に,担当医師に提出することになります。
2 公正証書による方法
尊厳死の意思を表明する二つ目の方法として,公正証書で作成するという方法があります。作成される公正証書の種類として,宣言型公正証書,契約型公正証書があります。
宣言型公正証書は,意思表明者が尊厳死を望む旨などを陳述したのを,公証人が,その陳述内容が意思表明者の真意に基づくものであることを五感の作用によって確認した上で,陳述の趣旨を録取し,公正証書を作成するものです。
契約型公正証書は,親族等に対し,主治医へ尊厳死を希望する本人の意思の伝達を委任し,代理権を授与することを内容とするものです。契約型公正証書は,あまり普及していません。
尊厳死宣言公正証書の作成の仕方
1 必要書類
尊厳死宣言公正証書は,公証人が,表明者の陳述内容が真意に基づくものであることを五感の作用によって確認した上で,表明者の供述を録取し,その結果を公証人自らが実験したものとして公正証書を作成するものです。
したがって,尊厳死宣言公正証書の作成を行うには,表明者の本人確認の書類の他は必要ありません。
2 証人,立会人の必要性
証人,立会人(以下「証人等」といいます。)を付けることは,尊厳死宣言公正証書の作成のための要件ではないので,実務上は,証人等を付さずに公正証書を作成している事例が多いようです。ただ,証人等を付すと,公正証書の作成時における表明者の意思能力と真正さをより担保することができます。
3 尊厳死宣言をするに至った動機の記載
特別の経験,動機に基づいて尊厳死宣言をする表明者については,動機を記載するのが相当です。
4 費用
尊厳死宣言公正証書のほとんどは,事実実験公正証書なので,その作成手数料は,事実の実験並びにその録取及びその実験の方法の記載に要した時間の1時間までごとに1万1000円となります(公証人手数料令26条)。
まとめ
終活という言葉が世間に浸透し,人生の終わり方を自分で整えていくことが,人生の中で重要となっています。回復の見込みのない末期状態になったときに,生命維持治療を望まない方は,事前に尊厳死の意思表明をしておくことが大切です。
用語解説(事実実験公正証書)
事実実験公正証書とは,公証人がその五感の作用により直接感得した事実に基づいて作成する公正証書のことです。事実事件公正証書は,それ以外の公正証書などが意思表示を要素とする法律行為を対象としているのに対し,法律行為以外の多種多様の事実を対象とするものです。
執筆者:折田総合法律事務所 弁護士 浅田健一郎
大阪弁護士会所属。大阪府枚方市出身。 高齢者問題を始めとして,建築紛争,税務紛争等,多種多様な紛争解決に精力的に取り組んでいる。 最近ゴルフを始めた。 |