選択食サービスと会話を続けて気づく嗜好の変化
当施設では平日の昼食と夕食を毎回、2種類から選べる選択食のサービスがあります。ワゴンにその日のメニューの実物をのせて、利用者さん1人1人に2種類のメニューから好きなほうを尋ねて回り、選んでいただきます。実物の見本には献立名を添付していて、選んでいただく際には「Aは牛肉の和風炒め、Bはタラの柚子風蒸しです。お昼ご飯はどちらを用意しましょうか?」と尋ねます。利用者さんは覗き込んで、「どっちが美味しいやろ」「タラって魚?」と、会話が弾みます。しかし中には、認知症の症状によって、文字を正しく理解して読むことができなかったり、料理が正しく認識できていないこともあります。「これ茄子炊いたやつ?(魚を見て)」「どっちも肉やな」と言われることも。
認知症の症状に「失認」というものがあります。失認とは対象物が認識できないことを言います。目で見ている物が何か分からない、別の違った物に見えている。といった症状です。
どちらの料理も同じ食材に見えているような発言が聞かれた場合は、「Aはお肉でBは魚よ」と、献立名ではなく食材で簡潔に説明をすることがあります。ここで注意しなければならないのは、周りの利用者さんの反応です。魚を見て「これ茄子?」と聞いている人が隣にいると、驚かれるでしょう。人によっては「違うよ、魚やろ」と思わずツッコミを入れる方もいらっしゃいますが(ご本人も「あ、そっか」と言って解決する)、中には見てはいけないものを見てしまったという表情で困惑される方もいらっしゃいます。そのため、誰にどのような声掛けをすればスムーズに食事を選ぶことができるかを考えながら、尋ねて回るように心がけています。
74歳のある女性は、選んだ料理が鶏肉だと説明すると、「あ、鶏肉か。じゃあやめとくわ」と言ってもう1つの料理に選び直すほど、鶏肉が苦手です。しかし認知機能の低下が進むと、嫌いな食材でも別の食材と勘違いして選ぶことが増えます。さらに進むと、「鶏肉だけど大丈夫?」と声をかけても、「それがどうした??」と言わんばかりにキョトンとしています。実際に提供した時に鶏肉が嫌いなことを思い出して「これは注文したものじゃない」と言われることもありますが(その場合は謝罪して交換します)、鶏肉を食べてもそれが鶏肉と認識できずに美味しかったと言って食べてしまうこともあります。
ご家族に好き嫌いが解消されたお話しをすると、「昔はあんなに嫌がっていたのにねえ。でも何でも食べられるのがいいわ」と、喜ばれます。嗜好のこだわりが薄くなったことに気づいた時は少し複雑な気持ちになりますが、嫌いな食べ物が減ってよかった。と、今では単純に受け入れることができるようになりました。利用者さんの変化に気づける選択食の聞き取りを、これからも大切にしていきたいと思います。
執筆:介護老人保健施設さやまの里 管理栄養士 西田 有里
この献立コラムは、介護老人保健施設さやまの里(大阪狭山市)の管理栄養士、西田有里さんが書いています。さやまの里では毎日昼夜、利用者さんはメニュー2種類から食事を選びます。食事の選択を聴いて回ることで利用者さんと食を通したコミュニケーションを深めています。