「食べたい物」を食べて自信につなげる
施設や病院など食事を提供しているところでは、行事食で日常の食事に変化をつけます。四季折々の行事食でも楽しんでいただけますが、当施設では毎月実施の定番行事食も喜ばれています。
「リクエストメニューの日」は、誕生日月の利用者さんに、子供のころにお誕生日を祝ってもらうときの定番メニューをお聞きし、再現してみたり、食べたいものをリクエストしていただいた献立で構成する日です。複数名対象者がいる月は、お聞きしたリクエストメニューを少しずつ取り入れることもあります。
昭和10年生まれのN様は、誤嚥性肺炎で入院され、退院後にリハビリ目的で当施設に入所されました。高齢者で入院期間が長くなると、廃用症候群といって、使っていなかった全身の筋肉が衰え、体力・気力ともに低下してしまうことがあります。このN様も長期療養が原因で廃用症候群を患い、ご自宅で生活できるように食事や生活動作の訓練がまだまだ必要な状態でした。食事をする際、箸やスプーンを握るだけの握力がなく、食べ物を口に入れた後に咀嚼して飲み込む一連の動作や、座位を保つことにさえ全身の疲労を感じている状態でした。食事の途中で疲れを感じてしまうと食べることをやめてしまい、その場合は食べ残しとなります。毎食食べ残しがあると、必要な栄養が不足し、体力低下、体重減少となります。そのため、食事での負担を減らすよう、主食は粥、副食はみじん切り状態のものを、時間をかけて召し上がっておられました。
入所されてから数カ月たち、リハビリも順調に実施し、日常生活動作も改善されていましたが、食事形態については「今の細かいままがいい。形があるのをずっと噛んでいると疲れるから」ということで、変更する機会がありませんでした。そんなある日、N様のお誕生日月が近づいたため、昼食のリクエストを尋ねました。N様は「そりゃあカツカレーや」と、即答してくださりました。日ごろは粥を召し上がっておられますし、副食は細かく刻んでいるため、刻んだトンカツのことが想像できているのか確認してみました。N様は少し考え、「いや、普通のカツカレーが食べたいな」と、言ってくださりました。
リクエストメニュー当日、カツカレーは全く手を加えていないものを、他の副食は普段通りに刻んだものを提供しました。N様は久しぶりに見たカツカレーのボリュームに驚かれ、すぐには手を付けず少し考えている様子でしたが、おもむろにスプーンを手に取り、「これや、これや」と言って一生懸命食べてくださりました。トンカツを噛むのに少し苦労して疲れたとのことですが、これを機に自信がついたそうで、数日後、食事形態は主食の粥が飯に。副食はみじん切りから3センチ大に変更することできました。
食事形態を決める際は、利用者様のもっている身体機能や精神状態、咀嚼嚥下機能とたくさんの情報をもとに決定されます。しかし、1度決まった食事形態でも、身体機能の改善、悪化に合わせて随時見直す必要があります。
利用者様自身が身体機能の改善を実感していただけるよう、今後も食を通してお手伝いしていきたいと思います。
執筆:介護老人保健施設さやまの里 管理栄養士 西田 有里
この献立コラムは、介護老人保健施設さやまの里(大阪狭山市)の管理栄養士、西田有里さんが書いています。さやまの里では毎日昼夜、利用者さんはメニュー2種類から食事を選びます。食事の選択を聴いて回ることで利用者さんと食を通したコミュニケーションを深めています。