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「万引き」や「大量購入」と「前頭側頭型認知症」との関係とは

2021年1月13日

前頭側頭型認知症とは

前頭側頭型認知症は、読んで字のごとく、前頭葉や側頭葉を中心に異常な老廃物が沈着することによって生じる認知症です。2011年にRascovskyらが提唱した診断基準では行動障害型前頭側頭型認知症と呼んでいます。アルツハイマー型認知症と違って前頭葉が主として障害されるため、人格や行動の変化が生じます。例えば、衝動を抑えられなくなる、同じ行動を繰り返す、無関心になることがあります。また食べ物にこだわりが出ることがあり、同じ食べ物、特に甘いものばかり食べることがあります。比較的若い初老期に発症することが多く、はじめのころは記憶障害が目立たないため、実際には前頭側頭型認知症を発症しているにもかかわらず、見逃されている方が多数いる可能性があります。

万引きで罪に問われた人が、認知症を発症していると診断されるケース

この「前頭側頭型認知症」という言葉を私が初めて耳にしたのは刑事事件に関する新聞記事で、記事は概要、「万引きで罪に問われた人が、認知症を発症していると診断されるケースが増えている。『前頭側頭型認知症』と呼ばれ、衝動的に行動してしまうのが特徴の一つだ」というものでした。
しかし、考えてみると、前頭側頭型認知症は万引きのような刑事事件だけではなく、消費者被害、たとえば,脱抑制や衝動的行動によって大量の商品を一度又は次々に購入してしまうなどの被害の原因となっている可能性があります。

このような消費者被害で苦労する被害者とご家族

このような消費者被害に対して、平成28年改正消費者契約法4条4項が平成29年6月3日に施行され、過量な商品の購入契約を取り消することができるようになりました。これは、被害に遭われた消費者の方にとって大きな進歩で、これまで、このような被害を回復するためには、特定商取引法や割賦販売法の適用がない限り、公序良俗違反(民法90条)とか「不法行為」(同709条)といった抽象的な、悪く言えばフワッとしたものを立証しなければなりませんでしたが、これからは、「通常の分量等を著しく超えるものであること」が立証のゴールの一つとなり、少しは具体的でわかりやすいものになりました。

そして、最も大きな進歩は、立証に当たって医療機関のカルテや診断書などが不要になる可能性がある点です。

これまで、抽象的な公序良俗違反や不法行為の存在を立証する場合で、被害に遭われた方が前頭側頭型認知症を発症していたようなときには、客観的な購入取引に関する事情に加えて、主観的な、被害者の認知症の状況などの立証が大半のケースで必要でした。そして、認知症の状況などを立証する証拠は医療機関のカルテや診断書が一番ですが、症状が多彩で初期診断が困難な(上記「前頭葉型痴呆の臨床」)前頭側頭型認知症について、しかも紛争になっているようなケースで詳細なカルテや診断書を作成してくれる医療機関が多いとは思えません。そのため、証拠集めに苦労することが少なくありません。正確には、苦労するのは我々弁護士ではなく、証拠集めを依頼する弁護士と診断書作成を渋る医療機関との間で挟まれる、被害者とそのご家族です。

改正消費者契約法で被害者やご家族の負担が軽減

これに対して、消費者契約法における「通常の分量等」については、「消費者契約の目的となるものの内容及び取引条件、並びに事業者がその締結を勧誘する際の消費者の生活の状況及びこれについての消費者の認識を総合的に考慮」するとされており、主に客観的な事情が重要になるようです(「生活の状況」についても、「客観的に存在しうるものであることを要します」)。
そうすると、主観的な認知症の状況に関するカルテや診断書といった証拠がなくても、購入契約を取り消すことができるかもしれません。そうなれば、証拠集めをする被害者・ご家族・弁護士にとって随分と負担が小さくなります。

これから締結された過量契約には改正消費者契約法の適用があります。改正消費者契約法によって、前頭側頭型認知症に限らず、認知症の消費者の被害回復が図られることを期待しています。

執筆:弁護士 中尾 太郎(大阪弁護士会)

参考サイト

朝日新聞デジタル

消費者庁

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