認知症の方の「感情」に寄り添うバリデーションとは?
認知症の方と接していると、
- 自宅にいるのに『家に帰る!』と騒ぎ始める
- 眼鏡が見つからないときに『誰かが盗んだ!』と怒り出す
など、「どうしてそうなるの?」と困惑する言動に出会うことが多々あります。
しかし、そのような言動には本人なりの理由があります。その理由を「感情」から理解しようとするのが「バリデーション」と呼ばれるコミュニケーション技法です。
今回はバリデーションとはどんな技法か、その効果や方法と共に解説します。
認知症の方とコミュニケーション技法「バリデーション」とは?
認知症の方の感情と存在価値を確認するコミュニケーション
「バリデーションvalidation」は「確認、検証」といった意味を持つ言葉で、介護の世界では認知症の方が表出する感情を確認するコミュニケーション技法を指します。
ポジティブな感情だけでなく、ネガティブな感情も「大切なメッセージ」として受け止める態度を示すことで、認知症の方が「自分は大切にされている」「自分には価値がある」と感じ、自尊心を持てるよう働きかけます。
言葉や行動ではなく「感情」に寄り添う
バリデーションは、1963年にアメリカのソーシャルワーカーであるナオミ・フェイル氏が考案した方法です。
フェイル氏は、認知症の方の問題行動を、「愛されたい」「社会の役に立ちたい」「不快感から逃れたい」などの人間らしい欲求を満たすために奮闘する姿だと捉え直し、その欲求に沿った対応が大切だと考えました。
認知症の方の欲求を知るためにフェイル氏が着目したのが「感情」です。
認知症が進行すると言葉や行動で欲求を示すことは難しくなりますが、感情は残り続けると言われています。
そして、感情には欲求のヒントがあります。例えば、怒りなら「傷ついたことを分かってほしい」「傷つきを癒してほしい」などの欲求が感じ取れますよね。
そのため、フェイル氏は感情に寄り添うことを重視してバリデーションを構築していったのです。*1
*1 三田村知子(2015)認知症高齢者とのコミュニケーション「バリデーション」に関する研究動向―文献レビューからの考察― 総合福祉科学研究 6 pp.61-68.
バリデーションが認知症の方との関わりに与える効果
認知症の方に与える効果
2010年に行われたバリデーションの効果に関する研究*2によると、認知症の方に対してバリデーションによる関わりを行うことで、
- 感情の表出が増える
- 他者との関わりが増える
- 行動・心理症状(BPSD)が減少する
- 身体機能が回復する
といった効果が見られました。
*2 都村尚子・三田村知子・橋野健史(2010)認知症高齢者ケアにおけるバリデーション技法に関する実践的研究 関西福祉大学紀要14 pp.1-18.
ご家族や介護者に与える効果
また、バリデーションによる介護者に起きた変化についても、いくつかの研究論文が発表されています。*2*3
それらの論文では、
- 認知症の方の状態を理解できる
- 気持ちに余裕が持てる
- 介護への自信や意欲が高まる
といった効果が明らかになっています。
*2 都村尚子・三田村知子・橋野健史(2010)認知症高齢者ケアにおけるバリデーション技法に関する実践的研究 関西福祉大学紀要14 pp.1-18.
*3 都村尚子(2015)バリデーション研修プログラムが職員に及ぼす効果の可能性に関する研究 日本福祉のまちづくり学会 福祉のまちづくり研究 17(1)pp.13-20.
バリデーションの基本的態度とテクニックとは?
バリデーションの5つの基本的態度
ここではバリデーションに取り組む際の「態度」についてご紹介します。
- 傾聴する
言葉だけでなく、表情・視線・息遣い・姿勢など、その人から伝わってくる情報全てから「どんな世界を見ているのか」「何を感じているのか」を理解しようと努める態度のこと。必要に応じて質問を挟むこともあります。
例:「家に帰りたい!」→「あら、おうちはどちら?」「何かお急ぎの用事があるんですか?」 - 受容する
自宅にいるのに「家に帰りたい」と言われれば、誰でも「家はここでしょ!」と言いたくなります。しかし、バリデーションではどんな言動も否定せずに受容します。
例:「家に帰りたい」→「家に帰りたいのね」 - 共感する
「共感」とは相手の立場から世界を見たり、感じたりすること。
先ほど傾聴した世界に自分を置いてみたり、表情や身体のこわばりを真似してみたりすると、感情をイメージしやすくなります。 - 誘導しない
「誘導しない」とは自分の「こうしてほしい」を押し付けないこと。「早く〇〇して!」など急かさずに、本人のペースを重視します。 - 嘘をつかない
「家に帰りたい」という訴えに対して「後でお迎えの方が来ますから…」などその場しのぎの嘘をつくことは、認知症の方の人としての尊厳を無視することになります。バリデーションでは嘘やごまかしはNGです。
バリデーションのテクニック
バリデーションにはたくさんのテクニックがあります。
一覧としてご紹介しておきます。
- センタリング
深呼吸や瞑想を使って介護者の中にある負の感情を追い出す - オープンクエスチョン
「はい/いいえ」でしか答えられない質問ではなく、「いつ」「どこで」「誰と」「何を」「どのように」を使った自由に答えられる質問を行う - 極端な表現
「最悪」や「最高」など極端な状態をイメージさせて、感情を表出しやすくする(例:「痛い」→「これまでで1番痛いですか?」) - 曖昧な表現
何を話しているか分からない場合でも、「あれ」や「あそこ」など曖昧な表現を使って会話を続ける - 反対のことを想像する
反対のことを想像させて、対処法を思い起こさせたり、ポジティブな感情を引き出したりする(例:「財布が盗まれた」→「盗まれなかったものはありますか?」) - 好きな感覚を用いる
視覚・聴覚・嗅覚などの感覚の中からその人が好きな感覚を思い出させるような話をする(例:「キラキラしてますね」「あたたかいですね」) - レミニシング
過去について質問し、昔話から本人の欲求を理解するヒントを得る - アイコンタクト
真正面から目線を合わせて笑顔でゆっくり近づく - はっきりとした低い、優しい声で話す
聴き取りやすい、低く、温かみのある声のトーンで話しかける - タッチング
身体に優しく触れて、そばにいることを伝える
※嫌がるそぶりを見せた場合は無理に触らない - 音楽を使う
思い出の曲を聴く、お気に入りの歌を一緒に歌う - ミラーリング
相手の姿勢・動作・声のトーンなどを真似して、感情を理解していく - 満たされていない人間的欲求と行動を結び付ける
認知症の方の言動の裏に「愛し愛されたい」「人の役に立ちたい」「感情を発散したい」という3つの人間的欲求のうち、どれが隠れているかを考えてみる
まとめ
バリデーションとは、認知症の方の感情を確認・検証し、本当の欲求を理解しようとするコミュニケーション技法です。
バリデーションが認知症の方に与える効果としては、
- 感情の表出が増える
- 他者との関わりが増える
- 行動・心理症状(BPSD)が減少する
- 身体機能が回復する
などが挙げられます。
また、ご家族や介護者にも、
- 認知症の方の状態を理解できる
- 気持ちに余裕が持てる
- 介護への自信や意欲が高まる
という効果が見られています。
バリデーションには「傾聴する」「受容する」「共感する」「誘導しない」「嘘をつかない」という5つの基本的態度と14のテクニックがあります。
全てをいきなりマスターすることは難しいですが、できそうなところから1つずつ試してみてください。